村上開新堂

開新堂の歴史

  • プロローグ
  • エピソード1
  • エピソード2
  • エピソード3
  • エピソード4
  • 二郎の作品
  • エピソード5
  • エピソード6
  • エピソード7
  • To The Future
  • Appendix

エピソード5


左:関東大震災で焼失後に立て直した新店舗
右:特別な機会に作られた洋菓子の詰め合わせ。通常よりデコレーションが多くなっている。箱詰めの美しさにも二郎の美学が反映されている。

村上開新堂は、洋菓子店の草分けとして御用聞き(昔の商習慣)に見本箱をもって番町・高輪を回るなど、多くの職人が働き活気のある店でした。
関東大震災(1923年)で本社工場を焼失、店舗を新築しました。しかし、間もなく世界に端を発した恐慌や戦争によって、仕事を縮小せざるを得なくなりました。

第二次世界大戦(1939年から1945年)終結後の混乱期にも、二郎は今まで以上にストイックに「味」の追求を始めます。

二郎の味の評判を聞きつけ、デパートの名店街や銀座への出展など、二郎の元には様々な誘いが寄せられましたが、量産体制は味の低下を招くことから、すべてお断りし、また広告も、同じ費用を使うなら、味の向上に使いたいとの思いから一切行いませんでした。

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